旨いものを求めて放浪した学生時代の原点は?…親の影響が一番‼️

旨いものを求めて放浪した学生時代の原点は?…親の影響が一番‼️

私のFBやInstaには料理関係の投稿が多いのは学生時代に原点があります。長崎県のど田舎から高校生時代に抱いた夢を見事に上京すことで果たしました。

しかし、現実は甘くありませんでした。親からの仕送りは限られていることから当初は東京北部の葛飾金町の大学指定寮の「金町会館」に住みました。

寮で出てくる食事は高校生時代に実家で食べていたものと比較してもまずいし、分量も少なく到底耐えられるものではありませんでした。

そこで、大学に程近い千代田区富士見町に引っ越しました。同時に先輩の紹介で銀座の東京會舘でアルバイトも始めました。このバイトは英語が喋れる私にはバイト料金も高いし、好都合でしたが、宴会に出すはずの食べ物を終業後の賄いにする慣習がどうにも耐えられずわずか3ヵ月で辞めました。

しかし、下宿料を払うために次のバイト先を見つけていたら、飯田橋駅近くの「キチンカロリー」でバイトを募集している張り紙を見つけて、マネジャーに直談判して即採用されました。

ここでは最初ホールスタッツとしての採用でしたが、休暇中などになると賄い飯の買い物や調理などなんでもこなさないといけないようになりました。

そして、1年が経ち2年目、3年目となると他のチェーン店のヘルプや飯田橋店のホール副責任者(アシスタントマネジャー)に登用されました。

その間、先述の賄い飯作りもチーフ直々にキャベツの千切りなどを初めとして店で出すメニューまで作る機会もあるようになり、料理のイロハはこのとき学びました。

でも、味覚の原点は好成績の褒美として父親が平戸から佐世保に連れて行きいろいろな名店の食べ歩きをさせてくれた中学時代にあるように思います。

前述の「キチンカロリー」だけでなく、スナックや喫茶店からまでお声かけを頂き、夏休み時には3軒の店を掛け持ちしていた時期もありました。

今はそんなこともすっかり忘れて、時々その名残りを止めるべくこんなブログをしたためています。

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